寄せる年波・・・

私はいまだかつてひどい腰痛とか“こむら返り”とかは一度も経験したことが無く自分には無縁のものだと思っていました。その日も快晴の下、客人とゴルフを楽しもうとホームコースでのプレイ、待ち合わせのインター出口で降りて挨拶を交わし、さあコースへいきましょう。

そしてゴルフ場に着きスタートまでは時間があるからとカフェにてティータイム。色々な楽しい話で盛り上がりスタート時間も忘れての雑談、もともと話し好きなので夢中で会話の渦の中に入ってしまっていました。あ、もう時間ですねと気づき急いでカートへ行きアウトの1番に向かいました。丁度前の組とは良い間隔で私がオナーを引き当て第1打を真っ青な大空にナイスショットです。

今日は調子がええじゃないかと自分でよしよしと、皆にはスカあたりですわと、まずは謙遜しておいてメンバーの様子をみます。全員がナイスショットで楽しいゴルフがスタートです。そしていつものようにボギーペースでラウンドして8ホール目のロングホールの第3打グリーン左横のガードバンカーへ、あちゃあー!苦手なバンカーだ!と顔が曇りましたが、しかしここは頑張って出さないと緊張の1打目深く入りすぎてザクッ!と30センチほど前にいったところ、やはり下手糞だなあとイラッとして2打目、バシッと今度はトップをしてギュイーンとグリーンを超えて小高いのり面にボールは止まり、すんませんとメンバーの方に謝り急いでボールのほうへクラブを持ってダッシュ!そしてカート道も“ひとっ飛び”して坂をかけあがるその時に持っていたクラブが右のふくらはぎにあたったかのような かなりの衝撃がありましたが早くしないといけないと思い気にも留めずにアプローチをしました。

ボールは綺麗にグリーンにナイスオン、やれやれと坂をゆっくり下りていくそのときです。ギャギィーン!と右ふくらはぎに衝撃が走りました。なんだ!この激痛は!と訳がわかりません。少し思い出すとさっきのカート道を飛び越えて駆け上がろうとしたときの衝撃は右ふくらはぎを痛めブチッと鈍い音を立てたようなショックだったのです。ありゃー、これはいかんメンバーに迷惑をかける訳には行かないので我慢をして黙ってプレイを続けようとも考えましたが思うように歩けないのです。

これはだめだと思いメンバーに少し足を痛めていることを伝えて自分はこのホールでやめますと言ってカートに乗り皆さんの最終ホールを観戦していました。その時にでも右足はズキズキと疼いてきます。参ったなあとこれからのことを考えながら午後からのプレイは無理だろうなあと思っているときに前半のプレイが終了しました。そしてハーフタイムの昼食を食べながら申し訳ないですが昼からのプレイは無理ですのでどうぞ私の事は気にしないでラウンドしてきてくださいとお願いしました。

そして皆さんを送り出してさあ、どうするかと考え、まずは服を着替えてから良く考えよう、まず車の運転が右足なので出来たとしても危ないのではないかと思い、取りあえず我社の部下に連絡を取り悪いけれど斯く斯く然々と説明して2人に迎えに来てもらいました。待っている間にもズキズキと疼いてきます。それから1時間30分ほど待ったでしょうか、弊社の者がどことなく微笑みを浮かべながら大丈夫ですか、と迎えに来てくれました。

自分はああ大丈夫だよと答えるも歩き方は黒田官兵衛のような歩き方になっております。悪いけれど家まで送ってくれるか、と言って連れて帰ってもらい、すぐさま家人と一緒に病院へ直行です。病院へつくと家人はすぐに車椅子を持ってきてこれに乗ってくださいと言いますが、恥ずかしいなあ、と思いつつも乗って見るとこりゃ楽チンと童心に返ったかのようにあっちこっちへ走り回ってじっとしてません。

そして診察をしてもらいアキレス腱や骨には異常が無い(そのくらいはわかっていましたが)とのことでしたが2~3日は松葉杖歩行で情けない限りでした。あれから3週間が経過してもう大丈夫です。しかし寄せる年波には勝てないと少し実感した怪我でした。

皆さんもくれぐれもお年を良く考え気をつけてスポーツを楽しんでください。

 

 

 

 

 

 

北国の早い冬を訪ねて・・・

今日の大阪は素晴らしいお天気で私は関西空港の搭乗口前にて新千歳空港行きのフライトを待っております。現在の日時は10月7日の午前8時過ぎです。

これより関西商誠会の皆さんと恒例の研修旅行へ出発します。今回の訪問地は冬の足音も聞こえる北海道へ1泊2日の旅です。午前9時15分発JALに搭乗し関空から新千歳空港に向けての出発です。まずは離陸をして急上昇、眼下には神戸空港が見えます。でもおかしいなあ、方向が逆と違うかなと思っていると左へ急旋回をして東に進路を変えたと思うと吸い込まれるような青空にぐんぐんと上昇していきます。

そして愛知県付近から左へ旋回してからまもなくして遠くの山を見ると、頂上付近から噴煙が上がっているではありませんか、なにかなと良く見てみると今大変な状況にある御嶽山がみえるのです。かなりの距離はありますが、はっきりとその不気味な水蒸気の噴煙が立ち上っています。 DSC_0281

あそこで大きな事故が起こりまだ捜索中の方々がおられることに心を痛め、一路能登半島のほうへ向かい日本海を横切り一路北海道へ、そして出発時間より1時間50分で新千歳空港に到着です。空港を出るとお迎えのマイクロバスが待っていました。我々はやはり北海道だなあ、大阪と違い少し寒くて空気が澄んでいるなあ、と話をしていたら運転手さんは昨日はほんとに寒くて困りましたが今日は暖かくなりましたとおっしゃられるとおりの穏やかな日和です。

そして我々一行は昼食を食べにいくことになり北海道と言えばやはりジンギスカンを食べなきゃとお腹いっぱい頂きました。そして次に向かったのは千歳のサケのふるさと館です。この施設はサケの遡上シーズンの今は捕獲の見学の他、淡水魚のミニ水族館にもなっておりウグイやヤマメ等の魚が川底に作られたガラス越しの天然水族館のようになっていて魚たちが泳いでいるのが見られます。                 (ガラス越しにたくさんの魚が集まっていましたよ)

この時期サケの遡上する季節なので千歳川にはサケが我先にと上流に向かう姿が印象的でした。次に向かったのが札幌場外市場です。ここは札幌中央卸売市場の場外市場約60店舗の個性あふれるお店が自慢の農水産物を販売しておられていて、ここで今回参加できなかった当会員さんのお土産を買って送ることにしました。

ここでは内地では見れないような立派なホッケやエビやカニに加えて夕張や道内産地の美味しそうなメロンなどを販売しておられてましたので皆で吟味して大阪のほうに送りました。喜んで頂ければ嬉しいのですが、さあ次は時計台を車窓から見学してホテルへ直行です。

その夜は北国の美味しい海の幸を堪能しながら当会員さんの方が出張で前日から宮城県に来られているのでこちらに合流するまで美味しいお酒と食事に楽しい会話で盛り上がり待っていました。そして9時半過ぎに合流して駆けつけ3杯のビールとお酒でもてなし、最後は札幌味噌バターラーメンで仕上げだと食べに行き薄野の夜を満喫致しました。(メタボが気になるぅ!)

 さて翌日は、今NHKの連続テレビ小説マッサンのモデルになった余市のニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝氏とスコットランド人の妻リタさんの当時の自宅が残っている、日本で始めてウイスキーが造られたニッカウヰスキー工場に見学に行きました。ここ余市はウイスキー造りには適している気候風土らしいです。確かにバスから降りて敷地に入ると心地よい海の香りに森の香りなどすべての自然が調和している感じがしました。そしてこの風土が美味しい蒸留熟成モルトウイスキーを造ることが出来る事を教わり、初めて見る装置や熟成樽の倉庫に入り試飲をさせて頂いてウイスキーは生きている事を実感致しました。ほんとに素晴らしい工場と勉強になる体験でした。    (少し飲みすぎました。すみません)

さてお次は皆さんも大好きでおなじみの白い恋人を製造なさっておられる石屋製菓㈱の白い恋人パーク工場見学です。この工場はお菓子つくりを体験できて美味しいオリジナルスイーツやメルヘンチックな世界へ誘ってくれる見て楽しんで美味しさを味わえる独特な空間の施設です。我々は主に食に関わる仕事の会ですので食品関係の工場には飛び切り興味があります。

最初はチョコレートの世界へ入りオーロラの泉と呼ばれる噴水で陶器の表面に水が流れる幻想的な噴水を見て次に18世紀のヨーロッパで愛用されていたチョコレートカップの展示が目に入ってきます。その当時はチョコレートは飲み物として貴族の間では好まれていたようです。そしてお目当ての白い恋人の製造ラインです。ほぼ検品以外は自動化された綺麗な機械でラングドシャをオーブンで焼きホワイトチョコを作りサンドして包装と次々と作られています。ラインは6ラインですべて同製品を製造しておられます。

この単品売上が104億円と言っておられましたのですごい製品だとつくづく感心しました。我々もこのように皆さんから親しまれ愛される製品作りを目指さなければと気持ちも新たに工場を後にしました。我々も負けないぞ!)

最後に北海道は本土には無い雄大で大地の息吹に空の広さが眼に心に染み入り、まるで大きな愛で満たされているような穏やかでやさしい空間を感じるところです。      人間というのは常に大自然の恩恵を受けてその恩恵に感謝をしながら人々と共に分ち合い楽しく暮らしていくものだという事を再認識致しました。会員の皆さんとも繋がりあう心を感じながら初冬の北の大地を後にして一路大阪に帰る準備をして新千歳空港に向かい今年の研修旅行を終え帰阪の途に着きました。