トルコ軍艦エルトゥールル号事件の現場を訪ねて

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今から122年前の1890年9月16日夜半に串本町紀伊大島沖にてトルコの軍艦『エルトゥールル号』が台風による暴風雨のために岩礁に激突、座礁して沈没してしまいました。

大勢の乗組員(500名以上)が亡くなりましたが大島の村人たちが自らの命も顧みず69名の乗組員を助け自分たちの僅かな食料も差し出し献身的な救助活動を行いました。

そのうえ、日本政府は船まで用意をして無事に生存者をトルコまで送り帰し、また日本国内で義援金を募りトルコの遺族に送りました。トルコ政府は感謝の意を述 べると同時に大島の人たちに御礼のお金を支払うと伝えてきましたが村人たちはそのお金を受け取らず亡くなったトルコの遺族の人達に渡してほしいと願い出て トルコの人たちに深い感銘と日本との友好の絆を堅く結びました。

そして今回その現場を見てきました。座礁した岩礁はすぐ目の前にあるのに驚き、岸から200m位のところなどで泳げなかったのかと思いましたが、そのときは台風の影響で尋常な波ではなく、また岩礁なので逆巻く波に飲み込まれ命をおとされたのでしょう。

私が訪ねた日も少し海が荒れており大きな白波が立っていました。これよりひどい状況下の中でよく助けられたと思います。半端な勇気では出来ないことです。そこに人が死に直面しているのを見てほっとけないのは人間として当然のことだというのは昔の事で現在では危険を冒してまで人の為には出来ないと思っている人が大半だと思いますが、しかし人間はそういう場面に直面すれば理屈ではなく勝手に体が動くものだと思いますがどうでしょう、現在の日本人にも勇気のある昔の人と同じ遺伝子を受け継いでいると僕は信じています。

ただ俗世の垢に汚れその遺伝子が眠っているだけだと思いますが違うでしょうか、その眠りから覚めればまた素晴らしい日本人がこの国を良い国に建て直してくれると確信しています。一日も早くそうなって欲しいものです。微力ながら私も一隅を照らすような行動をしていきたいと思っております。

最後に1985年イラン・イラク戦争時にフセイン大統領はテヘラン爆撃声明を発令し、イラン在留日本人は極めて危険な状態にありました。しかし日本政府はすぐに救出することが出来ずに最善策を検討していましたが、すぐさまトルコ政府はこの難局時に危険を冒し自国の飛行機を飛ばして日本人の救出に向かいお陰で200有余人の日本人が全員無事にトルコに逃れる事ができました。

日本政府は最初はなぜトルコ共和国政府がそこまでしてくれるのか分からなかったのですが、それが1世紀も前に自らの命も顧みず官民が共にトルコの人達を助けた日本人に恩返しをする時と云って行った友好の絆の証だったのです。

この事実は後世に語り継ぎ人の善意は美しい友好の花を咲かせることを子供たちに語り伝えて行きたいものです。