なんなんだ、この違和感は!

この国は今や亡国の危機にあります。働き方改革や少子高齢化の問題や過去には無かった諸問題が山積みです。働かずして利を得るなんて本末転倒でそんな不自然なことはありえません。矛盾なき自然で真の正しい考え方は永遠に不変です。近年、世界で日本の教師が一番長時間働いていると問題になっていますが私的には世界で一番働いていることを誇りに思えばいいのではないでしょうか、

 

何故に働き過ぎだけがこんなに問題になるのでしょうか、それは世の中が常に弱者の論理で動いているからです。このような問題が大きくクローズアップされて社会問題になったのが電通の女子社員の自殺でした。確かに新入社員の子にあそこまでのプレッシャーをかけて仕事をさせてその上に誰もがそのことに気づかないのか、それが社風なのか分りませんが死に追いやったことは由々しき問題です。

 

しかし報道はいつも片方の言い分しか書かないし初発の問題はともかくとして最初に書いたみたいに常に弱者のことしか書きません。世の中で通り魔殺人以外はあまり10対0でどちらかが一方的に悪いと言うことはありません。真実は当事者とそれを目撃していた人しかわかりません。私は過去の偉人と言われた人は皆さん人より何倍もの辛酸を舐めて心身共々何倍もの苦痛や挫折を経験してそこから一筋の光を見出し諦めず倒れずにやりきった人たちが人生の成功者になってこられたと思うのです。

 

人を頼り残業のし過ぎですから訴えますよと自分の権利だけを強調して声高々に主張する人を応援するような世間の風潮をいかがなもんかと思いますね、この国ではもう先人たちのように国や人を引っ張るリーダーは現れないでしょう。そうするとどうなるか、このような矛盾だらけの社会で時代が進むと企業もしかり人の精神もしかり行き着く先はこの国が国ではなくなり各自がばらばらな考え方と政策で動くようになり、それこそ、もっとひどい労働環境で働かなければならなくなります。

 

そして凶悪犯罪が多くなり、今より荒んだ社会になり今以上の格差社会になるでしょう。そうなると社会的弱者はまず切り捨てられます。行政が何を言ってもそんな事ができるか、と各企業は反発し、やがて国の崩壊が始まります。まず人が生きていく最初のステップは人のために社会のために人以上の事をするというのが基本です。働きたいけど働けない人を社会的弱者と呼び強いものが弱いものを庇い、助けるのは集団生活を営んでいる動物の世界でも当然なんですが、人間社会は働かない者も社会的弱者の中に組み込んでいるのでそれが問題です。動物の世界ではそのような者は死を意味します。そこをもっと教育や民間の関係機関と行政法規で考えないとだめではないでしょうか、

令和の時代を生き抜くには・・・

早いもので2019年も5月になり元号も令和と改元されました。平成の世は30年間続きましたが令和では何年続きどんな年代になるのでしょうか、今の世の中は少子高齢化でこれからますます人口が減っていきます。しかしまだ我々の頭は常に人は増えていくのを前提とした思考が長年においてありましたのですぐにピンと来ないのが現状です。茹で蛙の法則に似た様子です(笑)

 

人口が減るということは我々の生活や人生においても大きな問題です。まず経済においては働き手が少なくなり色んな産業が人手不足に今もなってきております。そして各小売業者は顧客の取り合いで益々価格競争が激化し勝ち残ったところは新規出店をしようにも人がいないので少ない人を確保するのに賃金をどこよりも上げて採用するようになるとこれまた収益を圧迫して利益が出なくなる。またその煽りを受けて中小企業はますます苦境に立たされて経済崩壊のスパイラルに陥ります。

 

政治においても安定した税収入が見込めなくなり、その反面高齢化で社会保障に使う予算はうなぎ上りになり、これまた福祉社会構造崩壊のスパイラルに陥ります。教育も子供が少なくなり学校の数や教師の数も減り余裕の持った教育と指導が難しくなると今以上に道徳倫理の崩壊に進みます。しかし現実問題として今から人口が増えるなど考えられません。移民政策をとり働き手を少しは確保ができてもそれは根本的な解決方法ではありません。 さて、ではどのようにしてこの苦境を乗り切っていくかが肝心なところです。

 

この国はとにかく経済を優先してお金儲けを主とした幸せのあり方を模索してきました。それはそれで確かに幸せに暮らせたのですが、それは常に経済が右肩上がりで賃金も増えて未来永劫に発展し続けるのが前提です。ところがバブル崩壊以降、この国の経済は失われた10年とも20年といわれ低迷期が続いています。  価値観の最優先がお金儲けですからそれが出来ない者、特に若者は無気力・無関心・無責任という考えが横行し、物事の考え方は刹那主義に走り今が良ければそれでよいという考えです。

 

それはなぜかというとお金儲けが一番でそれ以外の価値観が二の次三の次に置き去りにされたからです。幸せの感じ方はそれぞれ違い多種多様な生き方を認め合い尊重しあいそしてそれぞれの幸せを手にするという教えが必要なのでしょう。 そのためにはまず自分は何者で何をしたいのか心の中を見つめ何があっても自己責任で人のせいにせず社会のせいにせず常に明るく自分の器量で全力を尽くし幸せを感じるアンテナを養うということです。

 

最後に当社の工場で期間従業員として働いてくれている女性がいるのですが、この女性は春から夏の終わりまで働きフィリピンにいき自分の信仰している教えの布教活動を行っているのです。この4月にも帰ってきて挨拶に来てくれました。また宜しくお願いします。 “大変やねぇ~!よくがんばるね” と労い話をしているとその子が僕に私はホームシックにかかるんですと言うので “そりゃそうやね~!日本が恋しくなるでしょう” と言うと、いえ反対ですとフィリピンに帰りたいと言うのです。

 

“えっ!どうして” と尋ねると日本へ帰ってくると日本の人は皆がうつむいて憂鬱で面白くない顔しているのにものすごく違和感を覚えるのです。 というのです。僕は “はっと” 気がつきました。僕も海外に出て一番思うのはそれを強烈に感じます。何故、経済的にこんなに裕福な国民が日本よりかなり劣る生活水準の国の民の方が幸せな顔して暮らしているのか、不思議です。もう一度皆でよく考える必要がありますね、

見送る者の辛さの中に思うこと

2019年も早や4月になりました。今年も新しい期を迎えまた元号も令和と改まり新しい国づくりに期待しておるところでしたが我社で30年強努めていた同志ともいえる社員が亡くなりました。享年64歳でした。最後は癌に侵され病院に行ったときには最終のステージ4でした。彼とは若いときに死ぬほど共に働き今の会社の礎を築いた仲間でした。

 

近年の彼は”昔は良かったです”が口癖であの頃は何もかも仕事が最優先で皆と共に苦労して笑ったり怒ったりしながら心の繋がりがあり生きている実感がありましたとよく言ってました。そんな大変な中でも病気になったり精神が病んだりするものは誰一人いてませんでした。今の時代は朝まで働くとか夜中まで現場で作業するなどありえない時代になりましたが昔のようなきつい労働の中には人間として大事なものがあったと思います。それは心を鍛えるということです。もうダメかもと思うときがあっても最後まで踏ん張り峠を越えれば俺もできるんだ!と自信と根性が付くわけです。

 

それが次ぎに向かう活力になってまた1つ成長するのです。今の時代平々凡々と育った子は理屈で育っているので辛いことや嫌な事があってもそこで踏ん張り我慢するということはあまりありません。それと収入の良いところにすぐ魅力を感じ転職を考えます。今の時代それが悪いと言いませんがそのような連中を見ていても幸せそうな顔は誰もしてません。幸せと感じるのは心が満たされている状態なのですがそれが無いのです。次々と欲求が沸いてきてそこにいけない今の自分の境遇がおかしいと思いまた転職を考えて人生の漂流者になるのです。

 

先人たちで本当の意味で人間として成功(金持ちになったという意味ではありません)なさった方は人の何倍もの苦労と辛酸をなめてこられた人です。そこで初めて人としての本来あるべき姿が解るのです。お金は生きていくのに必要であって真っ先に重要ではありません。そのことを今の子達や親御さんに教えてあげないとダメなのではないでしょうか、古きを尋ねて新しきを知るです。

 

今の教育や制度もまたおかしいです。今月から企業は従業員に5日有給休暇を強制でとらせないと企業にはペナルティーを科せられます。未だ中国では996という働き方です。朝9時から夜9時まで週6日働くと言うことです。この国は働く事が最大の資源です。アラブ諸国のように石油がじゃんじゃん湧き出ているのならともかく、何も資源の無い日本はどこの国よりもよく働き頭を使ってきたので経済大国第2位(今は3位ですが)になったのです。このままではほんとうにこの国は国家存亡の危機です。我社の若い者には不変的な正しい精神論は教えつつ今の時代にあったまともな考え方で納得して日々幸せを感じとり生きていけるように心を鍛えて成長させていきます。