半世紀ぶりの再会(後編)

その後、蛇事件のあとも二人は一緒にやんちゃばかりをしている悪ガキでした。それが僕に何も伝えずに目の前から居なくなり“なんで“と考えてばかりでした。どうもお父さんの会社が倒産をして夜逃げさながら出て行ったみたいと後で誰からとは無く耳に入ってきました。僕はそのように家を出て行かなくてはならなくなったのは家に棲み付いている蛇はその家の守り神と後で聞いたのでその蛇を追い出してしまったのが原因ではないかと悩むようになりました。小日向君にはほんとうに悪いことをしたのかも知れないと彼を思い出すたびに心の奥深くにその事が蘇っていました。それが半世紀ぶりに電話をくれて元気に暮らしていると聞き心より安堵しました。

その電話ですぐさま僕の気になっていた蛇事件の事を小日向君に話をしました。小日向君あれが悪かったのと違うかなと話をしたら、そんなこと無いよ、そんなん気にしすぎや!と言ってくれたのでようやく長年の苦い思い出と涙が取り払われたような気がしました。ところで今何をしてんの?と聞くと今は東海三県で飲食店のチェーン店を展開しているとのことで、すごいなあ~!でも成功してくれていてほんとに良かったと心の中で喜んでいる自分が嬉しかったのです。その時に小日向君は必ず連絡をしてほしいと言ったので、名古屋には仕事で行くこともあるので必ず連絡するね、と言った後、なにかほんとに小さい頃のあの無邪気で楽しい日々が思い起こされて幸せな気分に浸ることが出来た胸躍る感動的な一日になりました。

それから1ヶ月ほど経った頃にようやく時間が取れて小日向君のところに行ける事になったのですぐさま電話をしてごめんね、遅くなって、今度そっちへ行くからと言うと彼はほんとに喜んでくれました。そして泊まるところも用意をしてくれました。さて当日ホテルのロビーで5時に待ち合わせです。どのように小日向君はなっているのか何といっても50年ぶりの再会ですので楽しみ半分不安も半分です。暫く待っていると表玄関のほうから一人こちらに歩いてくる男性を少し遠いところから眺めていた時です。間違いないあれは小日向君だと確信しました。どことなく小さい時の面影があります。共に年を取り小さいときとは様変わりですが会うなりガッチリ握手を交わし、ほんとにご無沙汰!くみた君来てくれて有難う、表に車を待たせてあるからとホテルの外に出ると運転手さんがいてドアーをあけてくれます。すごいなあ~!こんな高級車に乗っていて、ましてやドライバーさんまで、いやいやそんなことは無いよ、目が悪いのでよくぶつけたりするんで危ないから運転はあまりしないんよ、でもここまでよくビジネスで成功したね、感心するわと彼を讃えて僕はほんとに喜びました。

そして彼の行き付けの寿司屋さんで50年ぶりの再会を祝しての乾杯です。今日はあの日から50年の記念すべき日です。お互いの空白を語り合おうと美味しいお酒です。色々あの頃の話をお互いがこんな事もあったね、あんなこともあったね、とか話は尽きません。その中でも彼は僕の家に遊びに来たとき帰り間際にくみた君のおかあさんにいつも味付けもみのりを頂いて、それを持ち帰ったら家の皆が喜んでこぞってご飯と一緒に食べていました。あれがまた美味しいかったんよ、忘れられないやさしいおばちゃんやったな、と僕の母親のことを懐かしく話しをしてくれました。

それほそうと居なくなってからどうしたんと聞くと、とにかく借金の取立てに毎日のように怪しげな男が家に押しかけてくるわ、親父は暫くその男達と一緒に出て行って帰ってこなくなるわで、これはもうダメだと悟り、ある日家族で家を出て京都府のへき地のバラック小屋のような所で半年の間身を隠していたりして大変やったわ、それから自分は1人で日本の各地を転々として色んな商売をやりながら生計を立てて20数年前に両親と兄妹らと今の所に落ち着きようやく本腰を入れて商いをしたんよと、さりげなく彼は言うけど並大抵の苦労ではなかったと思います。今では何十店舗をもつ飲食店の会長に就任してようやく小さいときの楽しかった思い出を懐古することができるようになったんでしょう、いずれにしてもあの時に一家が大変な思いをした経験が彼のハングリー精神に繫がっているのだと確信しました。人間はどのような状況に陥ってもそれをプラスに変えれる者が人生の成功者になれるうだとつくづく思いました。その彼とは幼年期のころに心を通わせて遊び、また壮年期になってからまたこうして縁があってめぐり合い、今度は老年期からこの命が終わるまでちょくちょく一緒に時を過ごしたいと思っています。

人間生まれて死ぬまで所詮一人旅です。ならば縁のある人達を大事に共に楽しく心通わせその日が来るまで笑顔で生きていきたいと思った今日この頃でした。

 

 

半世紀ぶりの再会(前編)

それは8月のある土曜日の夕方でした。会社に居てる息子から1本の電話が携帯に掛かってきました。ご苦労さん”どうした”何かあったんか、と聞くとすみませんが社長は小日向(仮名)さんという人は知っていますかと唐突に聞いてきたので、えっ!小日向?数秒考えてから、そういえば小学生のときに一緒に良くやんちゃしていた友達がその名前だったのを思い出し知っているけどと言うとちょっと代わりますと言って数秒後その電話から聞こえてきた言葉が“くみたく~ん”と懐かしく久しぶりに聞く声ではありませんか

すぐに僕の頭は50年前にフラッシュバックして“こひなたく~ん”と僕も童心に返って名前を呼んでいました。どうしたん?と言うと、くみた君に会いたくてずっと大阪に来るたびに小さい頃に住んでいた辺りを探していたのだけど解らずに名前で探したらこの会社の代表をしているとわかったので突然だけど来たんよ!それで今は名古屋に住んでるんよ、とテンション高く話しをしてくれるではないですか、またなんで今日は大阪に来たん?と聞くとおふくろが昔住んでいた家をどうしても見たいと言うから連れて来たんよと言い今から会える?と言われたのですが僕は市内でまだ野暮用があり今日はどうしても無理だわ、と言うと、じゃあ息子さんに名刺を渡しておくのでまた連絡くれる~!了解!必ず電話するわ~といってその時は電話を切りました。

彼とは小学校の高学年から中学校へ上がってからの数年間の間、毎日のように一緒に良く遊びましたがお父さんの仕事がうまく行かずにある日僕の前から忽然と居なくなりました。その原因が僕にもあるのではないかとずっと悩んでいたのです。それは彼と一緒に小学校の頃、天王寺に遊びに行っているときのことです。天王寺公園にはその当時はよく街頭で人を集めてびっくりするような事をしてみせてから物を売る街頭売りみたいな人がよく来られ、その時に見た蛇使いのおっちゃんがガマの油みたいなものを売っていました。それを興味深くみていると最後にそのおっちゃんが今ここにアオダイショウの蛇をもってきたら2000円で買ってやると言ったものだから小日向君は“くみた君”僕の家の庭にアオダイショウがいてるから捕りに行こうということになり急いで電車に乗り彼の家に向かいました。その当時の2000円は僕らには大金も大金で夢のような金額です。早速彼の家の庭で捜索です。

 

彼の家の庭は桃ヶ池のほとりにありその池の淵に生えている草むらを長い棒で追い出そうと必死になって突いていました。そうすると2匹のアオダイショウが飛び出してきました。慌てて捕獲しようとしましたがうまくいかずその蛇は池の沖のほうへ泳いで逃げていくではありませんか、ああ~あ!逃げていったわ、あかんなぁ~と肩を落としがっかりしながら家を出てその池の別の場所で遊んでいると池の沖合いから何かがこちらに向かって泳いでくるではありませんか、なんや!と目を凝らしてよく見ると蛇です。先ほどのアオダイショウかどうかは分りませんがまっしぐらに僕たちの足元近くへ泳いでくるではありませんか、こりゃチャンスだと捕まえようと岸辺に上がろうとした蛇を帽子の中に押し込み“くっみん”(僕の愛称)早くあのおっちゃんの所にこの蛇を持っていこう!よっしゃ!そして僕らは急いで阪和線に飛び乗りまたまた天王寺へ向かいました。

 

その道中の車内でおとなしく二人で座席に座っていると急に蛇が抑えている帽子の中から顔を出すではありませんか、うわーっ!やばい!とまた二人掛りで抑えて押し込み周りには知らん顔をして早く天王寺に着かないかなぁと思いながら力いっぱい小日向君がその蛇を抑えていました。ようやく駅に着き小走りに街頭売りのおっちゃんのところに行き、おっちゃん蛇を持ってきたよ、2000円で買ってくれるんやろ!と喜んで言うと帰り支度をしていたおっちゃんはこちらを怖い顔でにらみ付け“おまえらアホかっ!そんなこと真に受けて聞いとったんか、このガキと大声で怒鳴られ、僕らはびっくりです。こりゃまずいとスゴスゴとその場を離れ、”くっみん”どうする、この蛇は、持って帰るわけにも行かずに、あっそや!目の前が天王寺動物園や!そこに放したろうや、と言って動物園の柵の所に逃がしてやりました。ヤレヤレ!大人は嘘つきやなぁ~と二人は顔を見合わせ落胆してトボトボと家路に向かいました。さあそれからです。運命の歯車が狂っていったのは、後編に続く。

 

 

 

 

 

 

ベトナム実習2期生獲得訪問日記

平成30年9月10日(月)

今日からベトナムに2期生実習生の面接に向かいます。

本来なら関西国際空港より出立するはずでしたが台風21号の被害を関空も大きく受けて急遽中部国際空港セントレアより飛び立つ事となりました。朝3時半に起床して部下の奥さんに最寄りの駅まで送って貰い新幹線で一路名古屋へ、そして在来線で空港へ!

 

関空が閉鎖されているので空港ロビーは人・人・人で溢れかえっています。定刻通りのフライトで座席は非常口の横です。この場所は足元の前は何も無く真正面にC.Aが座りますが広くて楽チンだわ、しかし万が一の場合は非常口のため乗客避難の際はお手伝いを頼まれます。飛行時間はハノイまで5時間強です。どうのこうの言っている間にハノイに到着、やはりハノイは暑いです。迎えの車に乗り込み空港より一路ホテルへ向かい到着です。ヤレヤレほっとして一安心。

 

平成30年9月11日(火)

二日目の朝も良いお天気です。今日は実習生の面接です。今回はこちらの送り出し機関である会社で70人の応募者の中から半分の35人まで絞り込んで頂き朝の8時から面接開始です。昨年も経験しているので要領は掴んでいるつもりですが今回はほとんどの子達が18~19歳です。今年の2期生は8人の採用で臨みます。まずは5人ずつ部屋に入れて1人ずつに自己紹介をしてもらいます。

 

まずは覚えて練習した日本語の発音などを採点します。その次はこちらの質問です。過去にほめられたことと叱られたことはどのような事があったか、自分が幸せと感じる時はどういうときか、将来の夢とかを一人ひとりに聞いていきます。大半はあたりさわりの無いような答えをしてきます。ただ多いのは家計を助けて親の喜ぶ顔が一番嬉しいとの回答が多いです。そこは今の日本人にはほぼ忘れてしまったところでしょうか、

 

今の日本人の風潮は今だけ、ここだけ、自分だけです。皆がそうだと言いませんがそれがまかり通っているのが現状です。35人の面接が終わった後で8人に絞るのですが、これがまた難しい作業です。我々3人が良いというのが少し違うので意見をぶつけ合いその調整をするのに2次面接です。そこでまた何人かを決め、また3次面接に何人かを決めてようやく全員一致で8人が決まりました。その全員を集めてここからがあなた達のスタートです。しっかり今から日本語の勉強をしてくださいと挨拶をして全てが終わったのが夕方5時過ぎでした。ああ終わった。今日は美味しいベトナム料理で疲れを吹き飛ばしましょう

 

平成30年9月12日(水)

三日目の朝です。ホテルでの朝食を終えて、さあ今日は男子の実習生の面接です。男子は初めて採用するのでどうなることかと思いましたが2人の採用人員で9人の面接者ですから昨日の事を思えばまだ気は楽です。9人ですので3人ずつの面接です。さすがに男子ですので元気が良いのと声が大きいです。

 

学校の勉強の成績はどうだったかとか聞いて自分自身の内観凝視をさせます。将来の夢は在越企業で働きたいと言うのがほぼ全員が目標としているみたいです。そのなかでも徴兵から帰ってきた青年は誰よりもハキハキしていて気持ちがいいです。日本のワンピースのアニメが大好きと言っていました。

 

ワンピースのどこが良いですかと聞くとストーリーも面白いですが何よりも友情を重んじているところが大好きですと言っていました。今日はそんなに迷わずに2名を選び食事は日本料理屋で話が盛り上がり充実した夜でした。

 

平成30年9月13日(木)

四日目は午後より家族面談です。朝はゆっくりさせて頂き午前中はベトナムの歴史博物館など見学に行き美味しいカフェで休憩をしてその後ハノイで一番人気のある外国メディアにも良く取り上げられるフォーの店に行きました。さすがに人気店だけのことはあり店の外まで客は並んでいます。少し待って店内に入り、出てきたフォーの味は良くその店々で味が違うのが良く解りました。

 

そして午後より家族面談です。採用決定をした実習生たちの親御さんたちに当社の会社の説明とビデオをみせて大まかな仕事の内容を観て貰いました。僕の挨拶では3年間日本の親として大事に見守り日本の仕事の取り組み方と考え方並びに日本の文化を学び今よりも立派になってもらって親御さんにお返しいたします。と挨拶を終えて何か質問はないですかと聞くと一人のお母さんがこの度は息子を採用していただき有難うございますと言った後での事です。

 

これで安心して送り出せますがひとつお願いがあります。と言っておっしゃった事がどうか息子を甘やかさずにビシビシ厳しく指導してくださいと言われ昔の日本人の親もこのように言っただろうが今の親にはこのような考えはないだろうなとつくづく思いました。そして全ての仕事が終わり一路空港へ、

 

平成30年9月14日(金)

現地時間00時15分発中部国際空港着が日本時間06時55分に到着し大阪に着いたのが11時過ぎでした。来年の春に今回の実習生を迎い入れ、また新しい会社の歴史の1ページが始まるかと思うと楽しみ半分責任の重さが半分の心境です。彼女や彼らの夢を叶えられるように厳しくまた時には優しく指導していきたいと思っています。ベトナムの人たちの気質は日本人と良く似た価値観であるのかなと感じております。これが少しでも日本とベトナムの友好に一役買えればこの上ない喜びです。